大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和23年(行ナ)19号 判決 1950年7月15日

原告 ミヨシ化学興業株式会社 ミヨシ商事株式会社

訴訟代理人 中松澗之助

被告 特許庁長官 久保敬二郎

指定代理人 篠原三納

主文

特許庁が、同庁昭和二十三年抗告審判第一五号拒絶査定不服事件について、昭和二十三年十月四日になした

審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求める旨申立て、その請求原因として、次のとおり述べた。

本願商標は「ミヨシ」という文字から成り、商標法施行規則第十五条に規定する類別第五類「シャンプー」その他本類に属する商品を指定商品として、昭和二十一年五月二十四日特許庁に対し、登録出願せられたが、その拒絶査定があつたので、これに対して原告等は抗告審判を求めたところ、特許庁は同庁昭和二十三年抗告審判第一五号事件として審理したうえ、昭和二十三年十月四日、本願商標は有触れた氏姓「三好」の文字を普通に使用する書体で「ミヨシ」と片仮名文字にて表示したものに過ぎないから商標として特別顕著性がない、との理由によつて、原告の請求を排斥する旨の審決をした。しかしながら、登録商標の要件としての所謂「特別顕著性」の存否については、その商標の構造自体のみによつて決すべきものではなく、その使用される商品の種類、数量及び使用の期間等取引の実際を考慮して、一般取引者並びに需要者に対する関係において、当該商標によつて、自他商品の区別を明確ならしめるものか否かを標準として判定すべきものである。これを本件についてみるに、「ミヨシ」なる商標は、原告ミヨシ化学興業株式会社が製造し原告ミヨシ商事株式会社がその販売にあたつている「シャンプー」等化粧品について、過去三十余年に亘て、原告等の共同にて使用してきたものであつて、この永年の使用により、「ミヨシ」の標章は原告等の製造販売にかかる商品を表示するものとして、一般取引者並びに需要者の間に、広く認識せられ、これによつて他人の製造販売する商品と区別されてきたものである。この見地からみれば、本願商標は特別顕著性を有するから、これが登録出願は許容さるべきものであるのに拘らず、これを排斥した本件審決は不当である。よつてこれが取消を求める。

立証として、甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証の一乃至五を提出し、証人渡辺兼道、小橋一雄、中村繁、井上勝男の各証言を援用した。

被告指定代理人は、原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告等の主張するような本願商標の登録出願に関する拒絶査定に対してなされた抗告審判事件について、原告等の主張するような審決のあつたことは認めるが、その他の原告等の主張事実は争う。本願商標は有触れた氏姓の「三好」の文字を普通に使用する書体で「ミヨシ」と単に片仮名文字で表示したもりで、かような商標が自他商品甄別の標識としての特別顕著性を欠いていることは、商標法第八条第一項の規定により商標権の効力がこれに及ばないことから考えて明白である。然らばかような商標が自他商品甄別の標識として、一見直ちにその商標使用者の商標なりとして認識せらるるに至る程度に世上著名ならざる限り本願商標の登録を商標法第一条第二項の規定により拒絶した本件審決は相当である。

原告等訴訟代理人の提出した甲号各証の成立を認めた。

理由

原告等の主張するような本願商標の登録出願に関する拒絶査定に対してなされた抗告審判事件について、原告等の主張するような審決のあつたことは、本件当事者間に争がない。

よつて本願商標が登録の受けることのできる特別顕著性を具備しているか否かについて考察する。

商標法第一条第二項において、登録商標の要件として、所謂「特別顕著性」を要求している所以は、商標の誤認によつて商品の混同をきたし、不正の競争を生ぜんことを防止するため、一般市場において、当該商標により、自他商品の区別を明確ならしめようとする趣旨に出でかものである。従つてある商標が自他の商品を甄別せしめるに足る特別顕著性を有するか否かについては、単にその商標の外観、称呼或いは観念などのみによつて決すべきではなく、その商標と一定の商品との関係において、一般取引者並びに需要者が当該商標によつて、その商品の出所を認識し得るか否かにより、これを判定すべきものであつて、自己の氏名、名称または商号を普通に使用せられる方法を以て表示した商標と雖も、長年月の間継続して一定商品に使用せられてきた結果、その商品との関係において、取引上右商標の名称が固有名詞化せられ、該商品にその商標を添付するときは、これによつて、一般取引上直ちに商品の出所を認識せられるのに足るときは、特別顕著性を具備するに至つたものとして、登録商標たる適格を有するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、成立に争のない甲第一、二号証、同第三号証の一、二、証人渡辺兼道、小橋一雄、中村繁並びに井上勝男の各証言を綜合すると、原告ミヨシ化学興業株式会社は「シャンプー」その他油脂石鹸等を製造し、原告ミヨシ商事株式会社はこれら化粧品の販売を営業とする会社であるが、原告ミヨシ化学興業株式会社は大正十年以来その製造にかかる「シャンプー」等化粧品に、本願商標たる「ミヨシ」なる標章を使用してきたところ、昭和二十一年七月以来は、原告ミヨシ商事株式会社とともに、その製造販売にかかる「シヤンプー」等に右商標を共同にて使用して現在に至つたものであつて、殊に「シャンプー」の製造販売数量は昭和二十一年七月から同二十三年十一月までの間において、約二百万打に達し、その後昭和二十四年度に至つては更に生産及び販売の数量が激増している事実並びに前記「シャンプー」等化粧品は大正十年以来「ミヨシ」なる商標を附して広く市場にて販売せられ、殊に昭和二十一年十二月以降は雑誌、新聞等にも「ミヨシ」なる商標とともに、その「発売元ミヨシ商事株式会社」とか或いは「製造元ミヨシ化学江戸川工場」とか表示して、盛に広告が掲載されて宣伝も行届いていたばかりでなく、右「シヤンプー」の品質が他の類似品に較べて良好であつたから、一般需要者の好評を博し、市場に深く売込んでいた関係上、取引のうえにおいても「ミヨシ」といえば直ちに「シャンプー」を指すというように取扱われてきたため、一般取引者並びに需要者の問に「ミヨシ」という商標によつて、その商品が原告等の製造販売にかかるものであることを、広く認識せられていた事実を認めることができる。右認定を覆すに足る資料はない。

右認定の事実を前に述べた「特別顕著性」の趣旨に照して考えると、本願商標は、人の氏名若しくは商号に当る文字を普通に使用する書体で「ミヨシ」と片仮名文字にて表示したものであるから、その構成自体のみからみると、特別顕著性を具えていないというべきであろう。しかし右商標は、古く大正十年以来、原告ミヨシ化学興業株式会社の製造する「シャンプー」等化粧品に使用せられ、昭和二十一年以来は右商品の販売にあたつてきた原告ミヨシ商事株式会社とともに、その製造販売にかかる前記化粧品の商標として共同に使用して現在に至つたものであり、その生産販売の数量、年月並びに状況乃至は新聞雑誌等における広告宣伝などからして該商標は右商品を表彰するものとして、一般取引社会に久しきに亘り熟知せられてきたものであつて、ために右商品との関係において、取引上「ミヨシ」なる商標の名称は恰も固有名詞化された観を呈するに至つたものというべく、よつて右商標と商品の関係において、一般取引者並びに需要者が当該商標により、直ちに右商品が原告等の製造販売にかかるものであることを認識するに至る程度に、世上著名なるものと認めることが相当である。

然らば、本願商標は特別顕著性を有するものと判定すべきであるから、他に出願登録を拒絶する理由の主張のない本件においては、特別顕著性なしとして原告の請求を排斥した原審決は失当であるから、これを取消すべきものとする。

よつて原告等の請求を正当として認容し、訴訟費用について、民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 渡辺葆 判事 浜田潔夫 判事 牛山要)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例